イギリス 首相 結婚。 イギリスの首相の一覧

ボリス・ジョンソン首相の恋人はどんな人?結婚や子供は?

イギリス 首相 結婚

暦はついに6月。 英国を始めとする欧州では、「ジューン・ブライド」の伝承にちなんだ結婚シーズンに入った……が、近年の英国における結婚件数は過去最低。 その一方で、結婚せずとも、子供を育てながら同棲生活を営む人々が増え続けているという。 事実婚カップルと呼ばれる彼らはなぜ、結婚することを拒むのだろうか。 (本誌編集部: 長野雅俊) 結婚しない英国人 皆さんの周りにいる若い世代の英国人で現在、結婚生活を営んでいる人は果たして何人いるだろうか。 きっと、思いのほか少ないことに気付くはずだ。 英国統計局が今年発表したデータによると、国内における2006年度の結婚件数は約23万7000件。 この結果、結婚率は16歳以上の男性1000人に対して22. 8人、同じく女性は20. 5人と、調査が始まって以来、過去最低の数字となった。 一方で、離婚件数は増加中。 同じく英国統計局の調べによると、10年以上にわたって結婚生活を続ける夫婦は全体の約半数。 残りの半数にあたる夫婦は、その10年を待たずに関係を破綻させ、離婚に至るという。 つまりその確率、5割。 英国における結婚は、まさにイチかバチかの賭け事になりつつある。 そしてさらにもう一つ、結婚率の低下に拍車をかけている、重大な事実がある。 それが、結婚の申請を行わずとも長きにわたって共同生活を営む、いわゆる「事実婚(Cohabiting)」だ。 この事実婚カップルが近年になって急激に増えてきており、現在では全国で約230万組も存在すると推定されている。 子供ができても結婚せず 最近では日本でも、結婚前の男女が同棲生活を送ることは珍しくなくなった。 ただこの日本における同棲生活と英国人たちによる事実婚は、どうも意味合いが違うようだ。 というのも日本のそれは、結婚前の準備段階か、または「内縁の夫・妻」と言う言葉の響きが連想させるように、既存社会の仕組みからは少し外れた関係と見なされがち。 これに対して英国の未婚カップルは、既に公的な夫婦と同じように機能している場合が少なくない。 その最たる例が、子供の存在だろう。 英国では、何十年にもわたって共同生活を営み、さらにはその過程で子供を生んで育てながらも、結婚していない人たちが大勢いる。 これは「できちゃった結婚」という言葉に象徴されるように、いまだ子供=結婚が当然視されがちな日本においては、なかなか受け入れられにくい現象のように思える。 統計局の調べによると、英国内においてこの事実婚カップルに育てられている子供の数は約141万人。 この数字にシングル・ペアレンツも含めれば、実に全体の4割が結婚外で生まれた子供ということになる。 事実婚カップルは、もはや新しい家族の形態の一つとして認められつつあるといっても良いだろう。 彼らはなぜ結婚しないのか ではなぜ、彼ら事実婚カップルは結婚しないのだろう。 その理由としては「お互いの自由を尊重するため」「結婚は制度ではなく気持ちの問題だから」「面倒くさい」など様々な意見が聞かれるが、その中でちょっと気になるのが、「結婚するだけの法律的・経済的なメリットがほとんどない」との理由だ。 まず子供の養育に関する権利や責任についていえば、下記の表にある通り、両親のどちらかが死亡しない限り、結婚と事実婚の間にはさして大きな法的な違いはない。 むしろ結婚した夫婦の約半数が10年以内に離婚する中で、若くして子供を設けたカップルが、お互いの死後まで思いを馳せることの方が難しいかもしれない。 また日本と最も大きく異なるのが、子供に対する法的な扱い。 日本であれば、未婚の親の間に生まれた子供は「婚外子」として親の死に際しての相続において制限がつくなどの区別が生まれるが、英国では摘出・非摘出という法的概念そのものがないため、子供にとっての不都合も起きない。 また近年になって、結婚した夫婦に対する手当が削減された結果、シングル・ペアレンツの方が手当を多くもらえる例も出てくるようになった。 つまり場合によっては、結婚した方が経済的に損をする、ということにもなりかねないというのだ。 英国における子供の養育に関しての法的な結婚と事実婚の違い 事実婚カップル 両親ともに保有 離別後の親権 登録を行なっていない場合、父親が保有できないことがある 同じ 離別後に子供を養育する権利 同じ 同じ 離別後に子供と面会できる権利 同じ 同じ 養育費を離別した相手もしくは福祉機関からもらえる権利 同じ 相手と子供が分割して相続 遺言なしで片方が死亡したときの遺産 子供がすべて相続し、相手にはなし 相手が自動的に得る 片方が死亡した際の子供の保護者としての権利 相手が既に親権を保有しているという条件の下に得る 結婚するのもお金次第? 結婚しない理由がお金や諸々の権利をめぐるものであれば、結婚する理由もまた然り。 実は英国には、事実婚として数十年も同棲生活を送り子供を育て上げた後に、結婚を果たすカップルが少なからず存在する。 彼らは熟年期を迎え、お互いの死後のことを考慮した際に、結婚した夫婦でなければ得られない遺産相続や相手方の年金を授与する権利を念頭に置いて、結婚に踏み切るに至ることが多いのだという。 また事実上の「同性婚」として話題をさらった市民パートナーシップ制度の設立にあたっても、法的には同性カップル同士の遺産の配分などを認めることに焦点が置かれていた。 このパートナーシップ制度もまた、結婚という従来の枠組みとはまた違った形で長期的な家族関係を営む試みの一つである。 「ジューン・ブライド」という言葉が持つロマンティックな響きとは裏腹に、「英国人はなぜ結婚しないのか」という疑問を見た際に見えてきた、「法律的・経済的メリット」というシビアな現実。 結婚に関する社会のしがらみや宗教的な要素が薄れてきた現代では、結婚とは結局、お金や権利の譲渡関係を確保するためだけの手段に成り下がってしまったということであろうか。 「逆に結婚しない理由が、もうなくなったんです」 4年の「事実婚」を経て、近日中に子供が誕生する サム・ロビンソンさん 語学教師、29歳 パートナーの方と、これまで結婚しなかったのはなぜですか。 頭の片隅で「もしかしたらいつか彼女と別れることがあるかも」という極々小さな可能性がポツンと浮かぶことがあったからでしょうね。 あと私たちがお互いにまだ結婚するには若過ぎる、と思っていたということもあります。 そのパートナーの方が現在妊娠しているとうかがいましたが、それでもまだ結婚しない理由は何でしょうか。 そもそもパートナーの妊娠が、予定外の出来事だったんです。 だから私たちは何も結婚を断固として拒否しているわけではなくて、「きちんと結婚してから子供を作る」という順序を守れなかっただけなんですよ。 結婚した夫婦と事実婚カップルの手当の違いといった込み入った事情については、正直考えが及びませんでした。 日本では「できちゃった結婚」といって、恋人が妊娠した直後に結婚する人も多いのですが。 彼女のお腹が大きいままでウェディング・ドレスを着せることはできないので、結婚するなら今すぐか、出産を無事終えてからという選択肢しかありませんでした。 でも大急ぎで結婚するのは、嫌だったんです。 結婚とは、一生のうちでそう何度も訪れるイベントではありません。 だから、きちんとお互いの両親や親友の予定も合わせられるように、1年位かけてしっかりと準備を整えた上で結婚式を挙げたかった。 つまり結婚しないというよりも、しそびれてしまったのでちょっと延期した、というような感覚です。 逆に子供が生まれてもそのまま結婚せずに暮らす英国人たちも多くいる中で、準備さえ整えば結婚したいと思うのはなぜですか。 やっぱり、ちゃんとした形でお祝いしたいんでしょうね。 ありふれたパーティーじゃなくて、きちんとした結婚式という形で。 特にパートナーの方は、結婚式を挙げることで幼い頃から抱いていたロマンティックな願望を叶えたいという気持ちもきっと持っているはずです。 そういった意味では、僕よりも、彼女の方が結婚を楽しみにしているんじゃないかな。 また子供ができたことで、パートナーと残りの人生を一緒に過ごす、ということが確定したようなものなので。 逆に結婚しない理由が、もうなくなったんです。 家族にとって、子供は大切な要素だと思いますか。 もちろん、「子供がいない家族」というのもたくさん存在すると思います。 でも、誰かと家族を構成するようになれば、少なくとも子供を欲しいと思ってしまう人が大多数なのではないでしょうか。 自分の人生だけに留まらず、自分の両親の人生までを振り返って、「僕は自分の子供に一体何を伝えればいいのだろう」と考えることは、とても貴重で幸福な体験なのではないかと思います。 (写真:現在は妊娠中のパートナーの女性と旅行に出掛けた際の記念写真) 「結婚はいまや余生の嗜好品となりました」 家族問題を始めとするカウンセリングを行うチャリティ団体 キャサリン・アレンさん 「リレイト」PRマネージャー 英国人はなぜ結婚しなくなったのでしょうか。 最近では結婚率の低下だけでなく、晩婚化も著しいです。 これは結婚が、あたかも余生で楽しむ嗜好品のような社会的意味を帯びるようになってきたことの表れだと思います。 つまり今でも一定の需要はあるのですが、人生の後半までその楽しみを享受するのを待って、お金が貯まってから手を延ばすというスタンスを取る人が多くなってきたということです。 まずは自分の持ち家を購入し、仕事でも一定のキャリアを残した後で、ようやく結婚生活を楽しもうという人生設計を描く人は、実際に多く存在します。 結婚生活を敬遠する一方で、事実婚カップルは増えてきているようです。 なぜだと思いますか。 もちろん様々な理由があるでしょうが、コミットメントすることに対する躊躇というのがあるのかもしれません。 また私たちの調べによると、多くの人たちが親の離婚を通して経験した辛い思いから、自身の結婚にまで抵抗感を持つ人が多いようですね。 それでは、離婚はなぜ増えたのだと思いますか。 英国社会が離婚を一つの現実として受け入れて、離婚者に対しての偏見を持たなくなったからだと思います。 離婚は確かに当事者にとっても、また子供にとっても精神的に非常に辛い経験となりますが、それで人生の終わりというわけでもありません。 いずれその辛さを克服し、次の人生へと歩み出す人も多いのは事実ですから。 そのような環境の中で、あえて結婚する人たちの理由とは何だと思いますか。 いわゆるごく一般的な英国人にとっては、確かに結婚と事実婚の意味合いの違いはあまりなくなってきているのだと思います。 一方で、移民を中心とした異なる人種または宗教的な背景を持つ人たちにとっては、結婚は今でも非常に大切な制度として機能しているのではないでしょうか。 「家族」「夫婦」「パートナー」「恋人」と様々な関係がありますが、それぞれの違いは何だと思いますか。 それぞれ個人によって意味合いが違うので、社会的な定義を出すのは難しいです。 むしろそういった定義よりも、結局はお互いにコミットメントし、信頼し合える平等な関係を構築できるかどうか、ということの方が大切でしょう。 ただ一つ言えるとすれば、多くの人々にとって、親になるということ、つまり子供ができた瞬間にこれまでの関係性を見直す結果、2人の関係に変化が訪れたと感じる人は多いようです。 また生まれた子供のために、できるだけ良好な関係を維持しようと努力する親が多く存在するのも事実です。 Relate 英国で、家族関係を主とする悩みに関するカウンセリングを提供するチャリティ団体。 年間15万人に対して無料でサービスを提供している。 Tel: 0300 100 1234 「結婚にはそれに伴う特有の権利と責任があります」 同性愛者のための権利団体 カルム・ハワード・ロイドさん 「プライド・ロンドン」ダイレクター 同性愛者にも異性間夫婦に準じる権利を与える「市民パートナーシップ制度」が施行されてから2年以上経ちましたね。 同制度が施行される前までは、納税の手続き、さらには保険金や遺産の受け取りに苦労する同性愛者カップルがたくさん存在しました。 パートナーが死亡した途端に、それまで一緒に暮らしていた家に住む権利を奪われるといった事例もあったほどです。 だからこのような問題の解決を目指した同制度を高く評価すると同時に、結婚とは違う真新しい仕組みを作ることで誤魔化した事実に対しては困惑しています。 例えばある特定の人種が、英国では結婚の真似事はできるけれども結婚そのものはできない、ということになったらきっと大きな反発が起こるでしょう。 同性愛者にも、彼らが望んで築いた特別な関係を法的に認知してもらい、さらには相応の権利と義務を担うことが許されるべきではないでしょうか。 なぜ、同性愛者の結婚に対する抵抗が生まれるのだと思いますか。 主に宗教的な理由からでしょう。 英国では、宗教指導者が立法過程に関わることが多く、彼らの反対に政府が屈したというのが私の理解です。 現に2003年に英国のキリスト教研究所が「市民パートナーシップ制度は従来の結婚制度に害を及ぼす」との意見書を政府に提出しています。 ただ私は一部の人たちの占有物にしてしまうことの方が、結婚制度を侮辱することになると思います。 同性愛者同士が子供を育てることに反対する人もいますが、これについてはどのようにお考えですか。 養子に関する法律は英国内の地域によって多少異なりますが、概して地方政府が個々のケースを調べて認可するかどうかの判断を行っているようです。 現代においては、家族の形態も様々です。 シングル・ペアレンツがいれば、継母や祖父母、そして同性愛者に育てられる子供というのもいるでしょう。 子供の養育にとって最も大切なのは、この中でどのタイプが好ましいかというよりも、彼らが安定し、かつ愛に溢れた家庭を築けるのかどうかということではないでしょうか。 そして大部分の同性愛者たちには、その他の人々と同様に、そういった家庭を築く能力があると私は信じています。 事実婚カップルのように、結婚を重要視しない人も増えているようですが。 結婚しないという選択肢を取る人が多くなっていることを鑑みると、結婚の意味合いは確かにかつてと比べて薄れてきているのでしょう。 ただそれでもいまだ結婚には、それに伴う特有の権利と責任が付随していることも事実です。 もしその恩恵を受けたいという人がいるのであれば、法律によってその願いを禁止するべきではないと思います。 プライド・ロンドン 同性愛者の権利を訴える団体。 年に1回行われる、団体名が冠されたイベントは毎年50万人を集めている。 今年度における同イベントは、7月5日に開催予定。 「結婚の本質は、内面の決意を公的な場で誓うこと」 聖職者として結婚式を執り行う チャールズ・へドリーさん セント・ジェームズ教会 牧師 英国人の結婚件数が減少しているのはなぜだと思いますか。 やはり結婚した夫婦に対する税の優遇措置がなくなったことが大きな影響を及ぼしていると思います。 あとは一般的に他者との関係の捉え方に変化が訪れたのでしょう。 地元の会合や、さらには教会に行く人も減ってきていますから。 教会では結婚をどのようにお祝いしていますか。 英国国教会の牧師は、これから夫婦になる2人が神の前で誓いを行う際の証人となります。 そして2人の幸せを称えながら、婚姻関係を結ぶことの意味について語るのです。 「コレリ大尉のマンダリン」という文学作品を読んだことはありますか。 その中で「恋が焼け尽くした後に、本当の愛が残る」という表現が出てくるのです。 この言葉が意味するように、人間の関係というのは常に変化そして進化し、さらにより深まる可能性を持っている。 そういったようなことを伝えることが多いです。 結婚について、聖書はどんな教えを示しているのでしょう。 聖書には、結婚に関する様々な記述が見受けられます。 例えば旧約聖書においては、司教は複数の妻を娶 めと っていました。 イエス・キリストは結婚そのものについてはあまり言及していませんが、当時の時代背景から、離婚には反対を唱えています。 世界の終末が近付いていることに危機感を覚えていたパウロは、人間には結婚よりももっと重要な なすべきことがあると考えていました。 事実婚カップルと結婚した夫婦を隔てるものは、法律以外にあるのでしょうか。 「同棲」や「事実婚」は、意味する範囲が非常に広い言葉だと思います。 結婚した夫婦と同じくらいコミットメントして、協力し合える関係を築く事実婚カップルというのは存在します。 一方でただ一緒に住むだけなら、結婚の本質である「内面の決意を公的な場で誓う」という過程を経た夫婦とは大きな隔たりが生まれることになります。 良き恋人は、必ずしも良き伴侶になるわけではないということなのでしょうか。 非常に難しい質問ですね。 ただ何となく同棲生活を送っているだけなら全く問題ないのに、結婚した途端に関係が不安定になるカップルというのは驚くほど多いという印象を持っています。 結婚相手に何を求めるか、そしてその願いがどのように達成されるか、ということをはっきりさせていないケースが多いようです。 セント・ジェームズ教会 ロンドン中心部ピカデリー・サーカス駅付近に位置する教会。 英国国教会に属している。 異なる宗教を信仰する人や同性愛者も積極的に受け入れるなど、リベラルな信仰を持つ人々が集まる教会として知られている。 St James's Church 197 Piccadilly London W1J 9LL Tel: 020 7734 4511.

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ボリス・ジョンソン英新首相はどんな人?経歴、性格、政治志向、家族、恋人

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来歴 [ ] 生い立ち [ ] ()(、議員)と最初の妻シャーロット・フォーセットの長男としてで生まれた。 のちに家族とともにイギリスに戻った。 、を卒業。 専攻は(と)。 大学ではに所属。 末期の内務大臣だった ()の子孫である(父方の祖父であるオスマンは、中にイギリス国籍を取得、自らの母親の旧姓であるジョンソンを姓に定めた)。 父方の先祖にはイギリス王がいる。 ジョージ2世の玄孫である王子が女優である愛人との間にもうけた庶出の娘が、ジョンソンの高祖母にあたる(ド・プフェッフェル de Pfeffel は高祖母の嫁いだ男爵家の家名である)。 ただし庶子を通じての血筋を引くに過ぎないため、は認められない。 母方の先祖には、ユダヤ系で、でとなった ()がいる。 彼は多国籍にわたる先祖(、徒、からなる)についてふれ、自らを『るつぼからなる人間』(one-man melting pot)と称している。 同年にするが、退屈のあまり1週間で 、家族のコネで系紙『』で働き始めるが、の宮殿を巡る関係の記事で学者の発言をでっち上げたため、すぐされている。 続いてやはり保守系紙の『』記者となり 、1989年から1994年まで同紙のEC特派員となった。 ブリュッセルに駐在していたジョンソンは反EC色の強い記事を書き続け、特に欧州統合の強力な推進者であったを厳しく批判、ECの首都たるブリュッセルの地にあって、数少ないのジャーナリストとして知られるようになっていった が、当時の彼を知る記者たちの多くは、彼の記事はECの信用を傷つけるために虚偽の事実や誇張を交えていたと批判的に振り返っている。 こうした記事によって、彼は欧州懐疑派の代表的な人物として知られるようになる。 また以前はによって主張されることが多かった欧州懐疑主義を、にとって魅力的なものに変貌させるのに大きく貢献した。 その影響は現実政治の世界にも及び、1990年代前半のの出現に一役買ったとされている上 、保守党内における親欧州派、懐疑派の軋轢を刺激することにもつながったという。 首相としては欧州と距離を置きがちであったもジョンソンの記事の愛読者であったとされるが、の締結に尽力するなど欧州との関係修復に尽力した後任首相のにとっては、ジョンソンは煙たい存在であり、当時のではジョンソンの記事に対応する特別チームが設けられるほどであった。 1997年総選挙における保守党大敗、転落の大きな原因の一つは党内における欧州懐疑派の台頭に伴う混乱とされているが 、ジョンソンの記事はそうした混乱の一因とみなされたため、その後しばらく保守党の政治家たちの不興を買うことになった。 1993年にアレグラと離婚、同年幼馴染のマリーナ・ホイーラーと結婚し、4子をもうけた。 1994年にロンドンに戻ると政治コラムニストとなり、ユニークなスタイルで評価を得る一方、、への差別的な記事や支配を賞賛する記事で物議を醸した。 『 ()』誌の政治コラムニストを経て、1999年から同誌の編集者となり、政界入り後、2005年にの高等教育大臣に任命されるまで務めた。 庶民院議員 [ ] 2001年からはを2期務めた。 2004年にはタブロイド紙によって、2000年以来『スペクテイター』の記者と恋愛関係にあり、2度妊娠(1度は流産、1度は中絶) させていたことを暴露された。 ジョンソンは当初否定していたが、事実と判明した後、党の役職を解かれた。 ロンドン市長 [ ] 2008年5月にに就任した。 市長就任後、ジョンソンは『デイリー・テレグラフ』紙においてウィークリー・コラムを再開することを発表した。 『』紙は、彼がコラム執筆を年俸25万で同意したと報じている(年俸のうち2万5千ポンドずつ、ジャーナリズムを学ぶ学生の奨学金、古典学を学ぶ学生の奨学金に寄付している)。 同年8月のでのの閉会式でを引き継ぎ 、の準備を行った。 に、芸術コンサルタントのヘレン・マッキンタイアとの間に女児をもうけていたことが後に暴露された。 2012年5月3日に投票が行われたロンドン市長選挙においてケン・リヴィングストンを破り、再選を果たした。 2期目在任中の2015年5月7日、再び庶民院議員に当選した。 市長は2016年5月9日まで務めた。 2014年11月に、「イギリス、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドは同じ国家元首を共有している」としてこれらの国とのようなものを結ぶ構想(俗に ()、 ()と呼ばれるもの)を提唱して物議を醸した。 EU離脱を主導 [ ] 議員としても、かねてから「(EU)の規制で経済的関係が強いとのが結べない」と発言 するなどに批判的な言動で注目を浴びており、2016年6月23日に実施されるにおいてどのような立場に立つか、注目を集めていたが、2月21日に「ずいぶん頭を悩ませたが、他の余地はない」として離脱を支持することを表明、以後は(Brexit)推進派で離脱の旗振り役として積極的に活動した。 のが英国のEU残留を求めた際には、「オバマには人の血が入っており、反英感情がある」と発言、人種差別的であるとして物議を醸した。 外務・英連邦大臣 [ ] その国民投票にて離脱派が勝利したことによって、が首相及び保守党党首を辞任することを発表した際にはポスト・キャメロンに期待されたが、ジョンソンはには名乗りを挙げなかった。 その後、保守党党首に選出されたが新首相に任命されて、新内閣()を組閣するに当たり、ジョンソンがに起用された。 ジョンソンの外務・英連邦大臣就任を中に知らされたアメリカのマーク・トナー報道官は失笑した。 初の対外公務となったでのレセプションでは招待客からブーイングで迎えられ、さらにフランスのからは「嘘つき」だと名指しで批判された。 、メイ首相の穏健なEU離脱方針に反発したためを辞任した()。 後任には、が就いた。 保守党党首及び首相就任 [ ] 2019年6月7日にテリーザ・メイが党首辞任を表明したことを受けたに出馬し、5回の議員投票では一貫して1位を保ち、ジェレミー・ハント外相との決選投票に進出。 党員投票の結果、9万2153票を獲得し、4万6656票のハントを下し、7月23日に新党首に選出された。 翌7月24日、で女王に謁見し組閣の大命(首相の任命)を受け、正式にとなった。 の首相官邸前で就任演説を行ったジョンソンは、「この国をもっと良くしたい」と宣言した。 また、10月31日に欧州連合(EU)離脱を実現する予定については、「『たられば』はなしだ」と強調し、「決定権は私にある」と表明した。 その上で、期日までのブレグジット(イギリスのEU離脱)について「疑う人、悲観的な人、悲しみに暮れている人」は間違っていると述べた。 ジョンソン内閣 [ ] の後継政権として成立したの主要ポストにはブレグジット(イギリスのEU離脱)強硬派を置く新内閣を発表し、7月25日朝に初閣議を開いた。 いっぽうでこの組閣に際して、11名もの閣僚を解任し、他の6名の辞任を受けた。 ジョンソンの同盟者であるナイジェル・エヴァンスは「夏の大虐殺に値するほどの改造ではない」とした。 親中内閣 [ ] 香港Phoenix TVとのインタビューで、ジョンソン内閣は非常に「親中内閣」になると述べた。 ジョンソンは中国の国家主席のインフラの投資努力、への「熱狂的な支持」を表明し、英国を中国の投資のため「ヨーロッパでもっとも開かれた経済」を維持することを約束した。 議会閉鎖処置 [ ] 2019年8月28日、ジョンソンは9月12日から10月13日までのあいだ(14日に再開)英国議会を閉鎖する要請をエリザベス女王に提出し、承認された。 これにより新法可決もしくは不信任投票を行うことで強硬離脱防止を狙う反対派は議論の時間がより制限されたものとなった。 庶民院議長のはこの決定を「憲法違反」だと述べ、強く非難した。 また労働党党首のは、「議会を中断することは容認できず、それは不可能だ。 首相がやっていることは、民主主義を強引につかんで合意なしへと引きずり込むことだ」と述べた。 ウェストミンスターに集まったデモ隊は反離脱のプラカードとEU旗を携え、「クーデターは止めろ!」と連呼した。 彼らは、内閣初の重要な投票でジョンソンを敗北させ、政府だけが新しい法律を提案できるとする庶民院の規定を無効とした。 また、野党とともにEU離脱期限(デッドライン)を既定の10月31日から2020年1月31日まで延期するよう求めるとした。 21名もの追放処分は前例のない処置とされ、その動機に関してエリザベス女王を誤解させたことも併せてメディアに非難された。 ジョンソンの強行路線は逆に反対派の抵抗を強める結果となった。 9月24日、英国最高裁はさきのスコットランド高裁での判決同様、議会閉鎖は「違憲」で「無効」である旨の判決を下し、議長ジョン・バーコウは25日の議会再開を宣言した。 これにより強行離脱も辞さないとしたジョンソンの目する10月末までの離脱はより見通しづらい状況となった。 しかし12月ので保守党は圧勝し、2020年1月31日をもってイギリスはEUからの離脱を果たした。 「」も参照 新型コロナウイルスの流行への対応 [ ] のにかかる危機が、首相に就任して一年足らずのジョンソン首相にのしかかることとなった。 当初、イギリスは集団免疫の獲得を目的とした独自の対応策を採用していたが、最終的に数十万人が死亡する予測だったことから批判を浴び、方針転換を余儀なくされた。 2020年3月27日、新型コロナウイルス感染症の検査を行ったところ、陽性反応であったことを明かした。 その後は自宅に自主隔離を行い 、会議にはテレビを通じて参加。 高熱などの症状が続き、4月5日には念のため検査入院したが 、翌6日に、意識はあるものの容態が悪化し、人工呼吸器が必要になった場合に備えて集中治療室に入った。 その後持ち直し、9日夕方に集中治療室から出て一般病棟に移った。 12日、退院した。 27日、公務に復帰した。 人物 [ ]• イギリスにおいてもっとも人気のある政治家の一人である。 通常イギリスのにおいて政治家は姓で呼ばれるが、ジョンソンのみは親しみを込めて「ボリス」のファーストネームのみが用いられる。 ロンドン市長選挙時にの ()はジョンソンの親しみやすさが彼への好感度につながるのを危惧し、自分の陣営の選挙スタッフがジョンソンについて「ボリス」と言ったらを払うとしていた。 ジョウェル自身はこれを否定している。 の調査では回答者の約半数がジョンソンの発言を信用しているという。 ジョンソンはしばしば政治風刺の的にされている。 隔週で発行される時事雑誌『 ()』はジョンソンを4回表紙に選んでいる。 2016年3月下旬のによれば、ジョンソンはポスト・の保守党の次期党首の筆頭候補であった。 ORBの調査では回答者の約4割がジョンソンが保守党の次期党首になることを望んでいる。 YouGovの調査でも約4割がジョンソンの党首就任を支持しており、(22パーセント)やその他の議員を大きく引き離していた。 一方でジョンソンは、差別()、的なコメントを繰り返してきた。 これはのにおいて、コメディアンのエルドアン批判スキャットを差し止める法的決定が下されたことに抗議して雑誌が主催したもので、ジョンソンは優勝し1000ポンドを手に入れた。 ジョンソンは好きで知られ、自ら通勤している。 数回自転車盗難にあっており、『イズリントン中におとりの自転車を配置し、窃盗犯にはを送り込んでほしい』と希望を表明している。 2010年7月、をモデルとした自転車共有システムをロンドンに導入した。 の新聞紙は「ボリス・ジョンソンはしばしばと比較される。 また、からそれほど遠くない」と評している。 タイの元首相とは、イートン校時代の同窓である。 二重国籍 [ ]• にアメリカので出生してからイギリス外相に就任したまでの52年間、この間に下院議員に3回、ロンドン市長に2回、それぞれ当選し、また、を主張するブレグジット・キャンペーンのリーダーでもあったが、その間、ずっととのであった。 になり、により、2016年にアメリカ国籍を離脱した人物のリストに掲載されたことから、アメリカ国籍の離脱が明らかになったが、このリストは、あくまでも「離脱した」という事実を事後的に明らかにするだけのものであるため、イギリス外相に就任した時点で、まだ二重国籍だったのか、既にアメリカ国籍を離脱していたのか、については、明らかになっていない。 コカイン・大麻使用歴 [ ]• 2007年、誌上のインタビューの中で、ジョンソンはとの使用歴を認めている。 インタビューによれば、大学在学中にコカインを試したものの「くしゃみ」をしてしまい、なんの効果もあらわれなかったという。 大麻は大学入学前に試し、とても「楽しく素敵だった」が、子供たちにはドラッグは試させたくはないと述べている。 2008年、誌とのインタビューにおいて、再びジョンソンはコカイン摂取を尋ねられ、以下のように答えた。 「まあ、それはわたしが19歳のときでした。 時には何も言わない方が良いでしょう。 わたしは完全に薬物に反対します。 子供に薬を飲ませたくはありません」。 2005年、BBC関連の番組に出演したジョンソンは「実際、わたしは粉砂糖をやっていたのかもしれない」とも語っている。 家族 [ ]• 妹のレイチェルはジャーナリスト、長弟 ()は国会議員、次弟レオは起業家である。 ジョーは何度か閣僚の経験があり、2019年発足のジョンソン政権では大学・科学担当の閣外相を務めていたが、兄ボリスのEU離脱強行の姿勢に反発し辞任している。 幼少時代から家族ぐるみの付き合いがあったマリナ・ホイーラー(。 父は特派員チャールズ・ホイーラー)と、1993年に再婚し4子がある。 2018年9月、マリナとの離婚が報じられた。 離婚後、ジョンソンはキャリー・シモンズ(『』紙の共同創業者、マシュー・シモンズの娘)と交際していたが 、2020年2月29日に婚約を発表。 シモンズが妊娠中であることも明らかにした。 2016年3月下旬のによれば、ジョンソンはポスト・の保守党の次期党首の筆頭候補であった。 ORBの調査では回答者の約4割がジョンソンが保守党の次期党首になることを望んでいる。 YouGovの調査でも約4割がジョンソンの党首就任を支持しており、(22パーセント)やその他の議員を大きく引き離していた。 2020年4月29日朝、婚約者 キャリー・シモンズが 2人にとって第1子となる男の子を出産した。 著作(日本語訳) [ ]• 『世界同時中継! 朝まで生テロリスト?』 訳、ミステリー、2006年10月。 スラプスティック作品• 『チャーチル・ファクター たった一人で歴史と世界を変える力』 ・訳、、2016年4月 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• "Boris Johnson". Who Do You Think You Are?. BBC. Boris Johnson. 2008年5月8日閲覧。 ニューズウィーク日本版• The Daily Mail. 2010年6月12日. 2010年9月27日閲覧。 Will Woodward, chief political correspondent 2007年7月17日. London: Guardian. 2010年7月7日閲覧。 , p. 46; , pp. 94—95; , pp. 87—88. , pp. 100—102; , pp. 90—96. , pp. 115—116. , pp. 121, 126; , pp. 98—99, 100—101. , p. 102. , p. 115. , pp. 118, 124. James Landale,BBC,2016年7月15日• 菊川智文、British Politics Today第3巻9号 2014年9月1日• , p. 124. SIMON WALTERS 2016年5月15日. London: Mail online. 2017年2月7日閲覧。 , p. 47; , pp. 265—267; , pp. 222—223. Stephen Brook, press correspondent 2008年5月15日. London: The Guardian. 2010年7月7日閲覧。 Stephen Brook, press correspondent 2008年8月28日. London: The Guardian. 2019年6月4日閲覧。 The Daily Telegraph London. 2013年5月21日. 2016年3月6日閲覧。 時事ドットコム、2012年5月5日閲覧• 2014年11月4日. 2019年6月22日閲覧。 2016年6月17日. 2016年6月26日閲覧。 2013年10月18日. 2016年6月26日閲覧。 2012年2月21日. 2012年2月21日閲覧。 Stone, Jon 2016年4月22日. 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Rising East Essays 2 1. 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - ロンドン市公式サイト• 先代: () 選出議員 2001年 - 2008年 次代: () 先代: () () 選出庶民院議員 2015年 - 現職 公職 先代: 第77代:2019年7月 - 現職 2019年 - 2019年 - 先代: 2016年 - 2018年 次代: 先代: 第2代:2008年 - 2016年 次代: 党職 先代: 第28代:2019年7月 - 現職 メディア 先代: () 『』誌編集者 1999年 - 2005年 次代: ()• 1782-1783• 1782-1783• 1783• 1783• 1783-1791• 1791-1801• 1801-1804• () 1804-1805• 1805-1806• 1806• 1806-1807• 1807-1809• 1809• 1809-1812• 1812-1822• 1822-1827• () 1827-1828• 1828-1830• 1830-1834• 1834-1835• 1835-1841• 1841-1846• 1846-1851• 1851-1852• 1852• 1852-1853• 1853-1858• 1858-1859• 1859-1865• 1865-1866• 1866-1868• 1868-1870• 1870-1874• 1874-1878• 1878-1880• 1880-1885• 1885-1886• 1886• 1886-1887• 1887-1892• 1892-1894• 1894-1895• 1895-1900• 1900-1905• 1905-1916• 1916-1919• 1919-1924• 1924• 1924-1929• 1929-1931• 1931• 1931-1935• () 1935• 1935-1938• 1938-1940• 1940-1945• 1945-1951• () 1951• 1951-1955• 1955• () 1955-1960• 1960-1963• 1963-1964• () 1964-1965• () 1965-1966• () 1966-1968• () 1968.

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ドイツのメルケル首相はアドルフ・ヒトラーの実娘って本当?生い立ちは?

イギリス 首相 結婚

生まれと生い立ち:イートン出身のエリート ボリス・ジョンソンといえばぼさぼさ頭のもっさりとした風貌や、ざっくばらんな物言い、ときに奇想天外の言動をすることで有名。 けれどもその外見に反して彼は裕福なエリート家庭の出身で名門私立イートン校に通っていました。 ボリス・ジョンソンのプロフィール 本名:ボリス・ジョンソン/Alexander Boris de Pfeffel Johnson 生年月日:1964年6月19日(55歳) 出身地:米国ニューヨーク、幼少時にイギリスに戻る 国籍:英国と米国の二重国籍を持っていた 職業:ジャーナリストから政治家 家族:母シャーロット(アーティスト)父スタンリー(元欧州議会議員)妹レイチェル(ジャーナリスト)弟ジョー(政治家)弟レオ(事業家) 結婚歴:2度結婚して2度離婚、現在はガールフレンドあり 子供:2番目の妻との間に子供が4人 身長:175㎝ 体重:105㎏あったが、ダイエットして減量に成功 Facebook: Twitter: 生い立ちと家族 ボリス・ジョンソンは1964年にニューヨークで生まれ幼少時にイギリスにもどっています。 そのため、つい最近までアメリカとイギリスの二重国籍を持っていました。 母シャーロット(アーティスト)父スタンリー(元欧州議会議員)の長男で、妹が1人、弟が2人います。 妹のレイチェル(ジャーナリスト)弟ジョー(政治家)弟レオ(事業家)と4人そろって名門オックスフォード大学で学んでいます。 ジョンソン家は裕福な家庭で、階級としてはと言っていいでしょう。 ボリスはウィリアム王子やハリー王子も通った名門私立イートンからオックスフォード大学に進学。 2年後輩にはディヴィッド・キャメロン元首相がいます。 在学中、2人は同じ社交クラブに所属して遊びまわっていたそう。 Where is Boris? けれどもエドワード2世についての引用をでっちあげたことが理由で解雇されてしまいました。 その後また誰かの紹介でデイリー・テレグラフ紙に入社しブリュッセル特派員として働きました。 その当時はEUについて揶揄する記事をよく書いていましたが、ここでもでっち上げや誇張した情報を使うことで批判されたりもしていました。 ボリス・ジョンソンは政治週刊誌のコラムニストもつとめ、BBCテレビの政治番組に出演したことで一般に知名度を高めました。 その頃から、上流階級出身であるにもかかわらず、気取らず面白おかしい受け答えをすることで広い層に人気を得たようです。 ジャーナリストとして働いていたボリスですが、もともと政界に野心があったことから、2001年に下院議員に出馬しました。 見事、当選してしばらくはジャーナリストとしての仕事も兼任していました。 当時ジャーナリストから政治家へ転身することについて理由を聞かれたボリスは「ジャーナリストになっても銅像は建ててもらえないからね。 」と答えたそうです。 当時から、いずれは一国の首相となってその名を世に知らしめたいという野心があったことがうかがえるエピソードです。 ロンドン市長時代(2008~2016) 国会議員のままではいつまでたっても政界トップには上れそうもないと思ったボリス・ジョンソンは2008年に保守党の支持を受けてロンドン市長に立候補しました。 「レッド・ケン」と呼ばれた社会派の初代ロンドン市長ケン・リヴィングストンを破って見事当選。 2012年には再選し2016年まで8年間もの間、ロンドン市長をつとめ、その知名度を全国に広めました。 ボリス・ジョンソンはロンドン市長時代にはどちらかというとリベラルよりの施策を導入しており、イギリスが欧州単一市場にとどまることについての利点を語っていました。 ボリス・ジョンソンのロンドン市長時代の成果として挙げられているのは職の創出、低価格住宅の供給、犯罪率減少、交通政策、大気汚染の改善、ロンドンの生活賃金導入、市民税減税、2万本の植樹などです。 Now I want to do the same for our country. さらに同性カップルの市民婚制度の導入にも賛成するなど、リベラルで寛容性のある姿勢を見せていました。 また、前市長の時代から取り組みが進んでいたロンドンのレンタサイクル導入を実施しました。 スーツ姿にヘルメットをかぶってサイクリングする姿が何度もロンドンで目撃されたこともあり、このレンタサイクルは「ボリス・バイク」のニックネームで呼ばれることになりました。 ロンドン市長時代のボリス・ジョンソンの最大の成果は2012年のロンドン五輪・パラリンピックの開催でしょう。 計画当初はさほど盛り上がらなかったロンドン・オリンピックですが、結果的にはロンドン市民、さらにイギリス国民の心を一つにして大会が盛り上がったとして評価されています。 の競争率も高かったというロンドン五輪が成功したことはジョンソン市長だけの手柄ではありません。 でも、国をかけての大規模国際行事が世界の注目と賞賛を浴びたことは長年の「斜陽国」イギリス国民にとっては記念すべき名誉であったことは確かで、ボリス・ジョンソンはその当時のロンドン市長として肯定的に記憶されているのです。 首相立候補を断念して外相、そしてついに首相に 2016年にEU離脱国民投票が行われた時、ボリス・ジョンソンは離脱キャンペーンを主導してさかんにEU離脱のメリットを訴えました。 この時、イギリスがEUに支払っている金額を誇張してバスに広告を出して走らせ、うそ情報を拡散したとして批判されてもいます。 国民投票の結果が出て離脱が決定すると残留派を主導したキャメロン首相が辞任し、後任候補としてボリス・ジョンソンの名前があがりましたが、同じく残留派だったマイケル・ゴーブが裏切ったように立候補したため、この時は首相に立候補するのをあきらめざるを得ませんでした。 けれども結果として首相に決まったメイに外相という大役を与えられました。 メイは首相に就任してからEUと協議を重ね、イギリスのEU離脱協定案について合意をとりつけました。 けれどもジョンソンなど強硬離脱派にとっては、メイの合意案がイギリスにとって不利なものであるとして大きな反発がおきました。 ボリス・ジョンソンも反対派の一人で、2018年7月にはメイ首相が推し進めていたEU離脱協定案に抗議して外相を辞任するにまで至りました。 その後もメイ首相のEU離脱案はEU残留派にも強硬離脱派にも反発をうけ、メイは首相は辞任するまでに追い込まれました。 何人もの候補が立候補しましたが、ボリス・ジョンソンもその一人で、当初から最有力だとうわさされていました。 保守党議員による投票で党首候補が2人に絞られ、全国の保守党員による最終投票の結果、ジョンソンは対抗の現外相ジェレミー・ハントを大差で破りました。 これによって、ボリス・ジョンソンはメイ首相を引き継いで7月24日にイギリス首相に就任しました。 ボリス・ジョンソンはどんな人? ボリス・ジョンソンの性格 ボリス・ジョンソンは軽はずみに物をいうので失言が多いので有名です。 これまでも人種差別的暴言や女性蔑視の発言などが批判されたことが何度もあるのです。 パプア・ニューギニアを「食人と首長殺しの文化」と表現した記事を書いて批判されたり、トルコのエルドアン大統領を皮肉る詩を発表して反感をかったことがあり、メイ首相によって外相に任命された時は、国際親善の場でまずい言動をするのではないかと心配されたものです。 最近もイスラム教徒の女性がブルカを着ている様子を「郵便ポスト」と形容し、このような服を着るのはどうかしているとまで言って批判されました。 この発言にはメイ首相も否定的でしたが、彼は謝罪に応じていません。 このような人種差別的、女性差別的な過激発言をするところや目立ちたがり屋ではっきりとした物言いをするところなど共通点が多いのでボリス・ジョンソンは「イギリスのトランプ」と呼ばれることもあります。 実際、2人は気が合うようでトランプもボリスを気に入っているようです。 ボリス・ジョンソンはナルシシストで目立ちたがりやであり、彼をよく知る人に「ボリスは有名になるためには何でもする」とも言われています。 EU離脱を推進してきたのも自らの政治信条のためというよりは、そうすることで首相の座を獲得する可能性があるからではないのかという感もあります。 彼は2013年にデイリーテレグラフ紙にBrexitがイギリスの問題解決にはならないという記事を書いています。 国民投票についてテレグラフ紙に記事を書く時も残留と離脱と2種類の記事を用意していて、離脱が勝つ可能性が出てきたから離脱の記事を載せたという情報もあります。 長年のライバルであったディヴィッド・キャメロンが残留派だったので、離脱派が勝つのならそちら側に着いた方が有利だと思ったのだとも言われています。 ボリスが首相に選ばれた理由 ボリス・ジョンソンは長くロンドン市長をつとめたこともあり、知名度が高く国民に広く人気があります。 イートンからオックスフォードというエリート街道まっしぐらなのでエリート層には同胞として支持されるし、その反面エリートらしくない風貌と言動で庶民にも人気があるのです。 こういうキャラクターは根っからのエリートが多い保守党には珍しいといえます。 しかもロンドン市長時代にワイヤーで宙づりになるなど、滑稽なエピソードにもことかきません。 特にEU離脱派の庶民には絶大な支持があります。 保守党の中には彼のEU強硬離脱の姿勢や一貫性のない言動、コメディアンのような振る舞いなどに抵抗を示す人もいます。 もっと党首や首相にふさわしい人材はたくさんいるでしょう。 けれども、選挙に勝てるかということになるとボリス・ジョンソン以外に強い候補がいないのも確かなのです。 選挙ということになると、何があってもいつも保守党を支持する人たちよりは浮動票や通常なら労働党など他の党を支持する人たちからの票を奪う必要があります。 保守党のいかにもエリート臭の漂う候補ではそれができず、キャラクターとしてはボリスしかいないということになります。 それで仕方なくボリスを推す保守党員も少なくないのです。 ボリス・ジョンソンの家族 結婚歴と子供 ボリス・ジョンソンは過去に2回結婚して、2回とも離婚しています。 その離婚が成立して数週間後には マリーナ・ウィーラー(Marina Wheeler)と結婚しています。 2人の間には結婚する5週間前に子供が生まれていました。 その後も子供が3人生まれていて、2人の間に子どもは4人います。 ララ(Lara)カシア(Cassia)ミロ (Milo)と テオドール( Theodore) さらに、マリーナと結婚している時にアート・コンサルタの恋人、ヘレン(Helen MacIntyre)との間に女児が1人生まれているとのことなので合計で子供は5人いうことになります。 けれどもボリス・ジョンソンはこれまで記者に「子どもが何人いるのか」と聞かれてもプライバシーの侵害だということではっきりと答えておらず、他にも隠し子がいるかもしれないと推測する向きもあります。 ボリス・ジョンソンはマリーナとは2018年の9月に離婚していますが、その理由はボリスの浮気ということになっています。 そのお相手が現在のガールフレンド、キャリー・シモンズです。 ガールフレンド:キャリー・シモンズ Carrie Symonds 2019年1月日本の捕鯨に反対するデモに参加するキャリー・シモンズとスタンリー・ジョンソン) キャリー・シモンズはボリス・ジョンソンの現在の恋人で、2人はロンドンで一緒に暮らしています。 55歳のボリスより24歳年下の31歳です。 これまでもさもさの髪とずんぐり体形のさえない容貌で知られていた彼がスマートに変身しつつあるのはもっぱら彼女の影響であるとうわさされています。 ボリスはダイエットに成功して2週間で5. 4キロ減量したということで、最近はちょっとすっきりしてますよね。 キャリーはこれまで政治界のマーケティング担当として経験を重ねていて、主要な保守党員と仕事をしてきました。 ボリス・ジョンソンが2012年に保守党候補としてロンドン市長再選を目指すキャンペーンで、キャリーが彼と一緒に仕事をしたときに付き合いが始まったようです。 キャリーは大学までは私立学校出ということなので裕福な家庭の出身であることが予想されます。 現在はブルームバーグのマーケティング・チームで働いています。 先日2人がロンドン南部にある自宅で近所にまで聞こえる大げんかをしていて、近所の住民が心配して警察を呼んだことが話題になりました。 警察は結局ただの言い争いだったということで理解したようです。 このことから、2人が喧嘩別れをするのではないかといううわさもあったようですが、今現在は関係が良好だということです。 イギリスの首相官邸にはこれまで正式に結婚していないカップルが住んだことはないので、ガールフレンドであるキャリーがボリス・ジョンソンと共に首相官邸に住むことになるのかどうかが注目されています。 父:スタンリー・ジョンソン Stanley Johnson ボリス・ジョンソンのお父さんは1970年代に欧州議会で議員を務めた人で、2016年のEU離脱国民投票のときにも残留に票を投じた親EU派です。 彼は欧州議会時代の思い出を2冊の自伝に記していて、EUには深い思い入れがあるようです。 長男のボリスがEU離脱派であることについては思うところもあるようですが、彼が首相となるからには政治的なことには自らは口をはさむことは避けたいという声明を発表しています。 妹:レイチェル・ジョンソン Rachel Johnson ボリス・ジョンソンの妹であるジャーナリスト、レイチェル・ジョンソンもEU残留派です。 女性経済学者のヴィクトリア・べイトマンがEU離脱に抗議してケンブリッジ大学の教壇やテレビ・ラジオ番組に全裸で登場したことに共鳴して、自身もスカイ・ニュース番組の生放送でトップレスになって抗議したほどなのです。 彼女は放送でBrexitについて意見を聞いてもらうのが難しいと語り「EU離脱はイギリスを裸にすることなのです。 」と訴えました。 裸になることによって注目してもらうしかないほど切羽詰まっているのだというのです。 国民投票でEU離脱と分かった時涙を流したという彼女はBrexitについて実の兄ボリスとも激しく討論しているようです。 ボリスが「イギリスには第一言語が英語でない人が多すぎる。 」と言ったら「私たちは家で古代ギリシャ語をしゃべってたじゃない、何言ってるの?」と返すという具合です。 イギリスではBrexit問題で家族や友人の間でけんかになってしまうという話が事欠きませんが、ジョンソン家も例外ではないようです。 弟:ジョー・ジョンソン Jo Johnson ボリス・ジョンソンの6歳違いの弟、ジョー・ジョンソンも保守党の政治家で2010年から国会議員をつとめています。 ボリスと同じ保守党を支持していますが、ジョーは2016年の国民投票の頃からずっとEU残留派です。 彼はEU離脱について抗議し運輸担当の職を辞任しました。 兄弟といえども、ボリスのEU離脱方針には強く抗議の声を上げてはばかりません。 余談ですが、ジョーはボリスに似ているものの、もっとスマートにした感じでいかにもイートン出身のエリートという感じ。 ボリスももう少し減量すればジョーに似てくるかもしれません。 (左からスタンリー、レイチェル、ボリス、ジョー・ジョンソン、2014年ボリス・ジョンソンの出版記念パーティーにて) ジョンソン首相でBrexitはどうなる? ボリス・ジョンソン首相就任スピーチ ボリス・ジョンソンは7月24日に首相就任してから初のスピーチでEU離脱予定日である「10月31日までに必ずEUから離脱する」と明言しました。 もともとEU離脱強硬派である彼はEUとの合意案なしで離脱する「No Deal Brexit」も辞さないという構えです。 「EU離脱を実現し、国をまとめ、コービン労働党を打ち破る。 これまでの自己否定的な風潮を捨て去り『やればできる』という新しい精神をもってこの素晴らしい国を再興するのだ。 よりよい教育、インフラ、警察、ブロードバンドに力を入れてこの国をまとめるために、明日から全力を尽くす。 Join us 👉 — Boris Johnson BorisJohnson ボリス・ジョンソンの言葉は力強く前向きで希望に満ちるものです。 けれども彼は実際にどうやってBrexitを実現するつもりなのかの具体的な政策は何も約束していません。 彼がメイ首相よりも強い態度でEUと交渉すればEUは折れてイギリスの言いなりになるとでも言いたいようで、そんな彼の楽観的な言葉を信じたくなるイギリス国民もいるかもしれません。 けれども、EUはイギリスのEU離脱について「イギリスの首相が変わったからと言って離脱協定案の再交渉はしないという原則はかわらない」と言っています。 このままでは、10月31日に合意のないままでイギリスがEU離脱になる可能性が高いと言えます。 EUとの合意案がないままでイギリスがEUを離脱するとなると、様々な混乱が予想されます。 その理由からイギリス国会でもそれだけは避けたいという意見は過半数を得ています。 国民の間でもいまだにEU残留を支持する人がいてイギリスは断絶状態です。 ロンドンではジョンソン首相就任に抗議するデモが起きました。 ジョンソンの首相官邸スピーチ そんな中、首相官邸前でスピーチしたボリス・ジョンソンはEU残留派を悲観的なペシミストであると決めつけ、民主的な方法で決まったEU離脱を何としてでも実現すると高らかに宣言しました。 さらに、警察官を2万人増やす、NHS国民医療を改善する、社会保障問題を解決する、教育予算を増やすなどの約束をしました。 とはいえ、ボリス・ジョンソンのジャーナリスト時代からの過去の言動について知っている人は、にわかに彼の約束を信じないでしょう。 怖いのはその事実を知らず、彼の高らかなスピーチを聞いて「ボリスならロンドン五輪の時のように、かつての強い大英帝国を取り戻してくれるかもしれない。 」と思ってしまうEU離脱派の庶民たちです。

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